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違いのわかる男

さまぁ~ずが好きだ。

好きになったきっかけといえば、
お笑い芸人なのだから、もちろんネタを見たからなのだけど。

しかし、ネタだけ面白くても、すぐ捨てられるのが芸能界(だと思う)。
それでも彼らは今や冠番組を何個も持つ、成功者である。
成功者になるためには、ネタだけではない、人間性が求められる(と思う)。

さまぁ~ずを象徴する番組として「さまぁ~ず×さまぁ~ず」を挙げる。
この番組は、基本的には彼らの日常を飾らずただダラダラと話すだけの番組だ。
つまり、真に彼らの人間性を表した番組だと思う。
そんな番組が、もう何年も続いている。
これはつまり、彼らの人間性がそれだけ魅力的だということ。

どんなところが魅力的か?

この番組で私が2人に感じるのは、こんな印象である。
・三村:子持ちのテキトーな気のいいおっさん
・大竹:神経質で心の狭いおっさん

三村のような存在は、癒し系のような、そういった意味で好印象なのはわかる。
では、大竹はどうなのだろう。

大竹の話で多いのは、ファーストフード店の店員が気が利かないとか、そういったこと。
聞く人にとっては、なんとも心の狭い話ではある。
しかし、またある人にとっては、非常に共感できて、心地いい話なのかもしれない。

つまり、「違いのわかる男」なのである。



私は、この「違いのわかる男」でありたいと思う。



私がよく使う例として、「味音痴とグルメと料理人の話」というのがある。

ここでいう「味音痴」とは、「グルメ」がまずいと感じる料理を、
おいしいと思い、それで幸せを感じられる人のことを指す。
「グルメ」とは、おいしいものだけに幸せを感じる人を指す。
「いい料理人」とは、グルメな人間であっても満足させられる人を指す。
(料理人に特化したが、グルメレポーターでも何でもいい。)

味音痴な人間というのは、理論上、決していい料理人にはなれない。
なぜなら、いい料理人は、グルメの人でも満足させなければいけないのに、
味音痴ではグルメが何をおいしいと思うかわからないので、
本来的に満足させられるわけがない。
つまり、みんなを幸せにすることはできない(味音痴が相手ならいいが)。
(あくまで理論として。酒の飲めない酒造りがいることもあるらしいので)

一方で、グルメな人間はいい料理人になることができる。
すべての人を幸せにすることができる。

しかし、視点を変えれば、
味音痴な人間というのは、どんな料理人の料理でも幸せになれる。
グルメな人間は、必ずしも幸せにはなれない。

つまり、自分が幸せにはなれるが他人を幸せにできない人間か、
自分は幸せになれないが他人を幸せにはできる人間か、という話である。


どちらがいいか。どちらになりたいか。


いや、わかるわからないは、どちらかといえば先天的なもののような気がする。
わかる人はたぶんずっとわからない人にはなれないし、
わからない人はたぶんそれで満足してるからわかる人になろうともしない。


わかってしまう側の人間は、わからない側の人間を批判し、
わかる側だけで共感しあうことによってしか、わからない側への逆襲はできない。


おそらく、その能力に優れた人間こそが、さまぁ~ず大竹なのだと思う。


大竹の人気の秘密はそこだと思っている。



「違いがわかる男でありたい」と書いたのは、
自分はわかってしまう側の人間ではあるが、自分よりも細かい人間は山ほどいる。
とはいえ、そのことによって自分が「わからないヤツ」と思われるのも悔しいし、
だからといってわからない側の人間にはなりきれないので、
だったらとことん違いがわかる男になるしか、道はないのである。



この記事で何が言いたいかといえば、
自分も細かいことが気にならない人間だったらどんなに楽だったろうか、という愚痴である。

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