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春は別れと出会いの季節

東京大学が9月入学を検討、という話題が世間を賑わせている。


某通信塾なんぞ、もう「今の小学生は9月大学入学を見据えた教育が必要」だとか
広告打ち出してやがった。10年も先の半年の違いなんぞ、関係あるかい。


9月入学という選択肢そのものを議論の場に乗せたこと自体はいいと思う。
たしかに外国と違うというのはいろいろ不都合がありそうではある。




が。


短絡的すぎる。


そもそも、動機が「留学生を増やしたい」だとか。

え?たったそれだけのために?




いや、大学だけが勝手に9月にするのなら、勝手にどうぞと言いたいが。


あらゆる学校を9月入学にしようという流れまであるらしいではないか。

こーゆーところが日本人のダメなところだと思う。



日本の入学式といえば、桜である。

風情だかわびさびだかよくわからないが、そーゆー感覚を無視して、
ただ世界標準に合わせればいいみたいな発想は、ホントに情けない。



私は伝統だの歴史だのというものはかなり嫌いな方ではあるが、
日本人が大切にするべき文化というものはあって然るべきだと思う。

近代における守るべき文化、そのひとつが「卒業・入学シーズンの桜」だと思う。


クソ暑い夏の時期に、汗ダラダラで別れの涙流したり、
新品のランドセルしょったりしたくないでしょ。


日本の文化とか経済とかが発展した大きな理由の1つとして、
「四季」がもたらす繊細な感覚、ってのは絶対にあると思う。


そんなものを無視して国際競争だなんだっていったって、
こんな小国、対抗する間もなく滅んでいくよ。


そもそも、日本が栄えたもう1つの大きな理由に、
島国で培われた身内を大切にする意識みたいなものもあるわけでしょ。

いいじゃん、留学なんかどうだって。ホントに来たい人は来るよ。



まぁそんなわけで、私は断固反対です。変えりゃいいってもんじゃない。




知人から「ゆとり教育の発端は東京大学だ」っていう話を聞いて、
「言い出したからにはそれなりの根拠があったんだ」ということも
(それが真実なのかどうかは知らないが)聞いたけど、
どっちにしても理屈だけは立派でも、ろくなことにならないことって
いっぱいあるんだよ。


てゆーか東大がやるって言い始めたら「うちもうちも」ってなった
大学どもが一番情けないよね。オリジナリティとか威厳とかないのかよ。


自分の頭で考えるってことが大事。



まぁこのご時世、どこの大学出たかなんてクソの役にも立たないけどねwww



なのでどうでもいい話題といえばどうでもいいのではあるが、
お偉い日本人が自分(たち)が大事にしてきたものを壊すのは
どうにも許しがたいものがあるのでね。





入学式が9月になっても、「もう!いやらしい風ね!」のイベントは永遠。

でも往年の名作とかも、全部下の世代からは共感が得られなくなっちゃうんだろうな。



夏服だから、第2ボタンはYシャツのボタンなんだろうなぁ。

それともわざわざ上着着るのかなぁ。地獄だな。




ちなみにタイトルをちょっとしゃれてみたけど、
もうここ2年ほど、春になんてろくに出会っちゃいねえ。正直無関係。

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